ごあいさつ・講演録

最後のメルマガ

2005/12

2005年も今日で終わりです。社団法人横浜青年会議所の理事長としての私の任期も今日が最終日です。昨年の大晦日は私を支えてくれる専務理事・副理事長の自宅を一軒ずつ巡り、翌元旦には日本青年会議所に専務理事を輩出する青年会議所の理事長として日本青年会議所の高竹会頭の自宅を訪ねて倉敷へと飛んでいました。そんなあわただしさの中から始まった2005年でしたが、こうして振り返るとあっという間でもあり、長かった一年でもありましたが、自分にとってはとても濃密な一年でした。

今年の横浜青年会議所は「しあわせの選択」という言葉をテーマに掲げ、しあわせにつながる選択をしっかりと出来るリーダーになろう、目先の利益にとらわれず、将来のしあわせのためにいま苦しい選択をするべきなら勇気を持ってそちらを選ぼうと訴えてきました。オリンピックやワールドカップを目指す選手たちの苦しい練習はまさに最後に待っている勝利という「しあわせ」に向けた選択なのだろうと思います。また、構造計算をごまかして安い値段でマンションを販売した人々や、旅客競争に勝ち抜くために安全の確保をないがしろにした鉄道会社や航空会社は、目先の利益のために「不幸の選択」を選んでしまったと言わざるを得ません。

しかし現実には正しい「選択」をすることは簡単ではありません。安全だと思って郊外の住宅街に引っ越しても子供たちが安心して登下校さえ出来ない。株式のシステムの問題やミスによって何億円も手にしても良心の呵責も感じない。法律やシステムの抜け穴を潜り抜けるような経営者が優秀ともてはやされる。30兆円も収入より支出が多い国家予算の編成が、借金をする金額が減ったと評価される。なんて虚しい、殺伐とした、悲しい現実なのでしょう。

私はこんな不幸な現実を救えるのが青年会議所運動だと信じています。喜びも苦しみも仲間とともに分かち合える。感動したときには涙を流すことが出来る。自分を犠牲にしてでも友人のために汗を流すことが出来る。目先の利益にとらわれず、長期的な視野でまちづくりやひとづくりを論じ合える。それが青年会議所という組織です。そして私たちは『横浜JCマニフェスト』を、私たちの力で世の中のシステムを変えることによって崩壊してしまった世の中のモラルを再び立て直そうという気概をもって、横浜青年会議所として発信・提言したのです。

自分たちの町は自分たちで作ろう、役所任せにせずに自分たちの手で政策を立案していこうという「地域政策シンクタンクの設立」。環境問題や従業員の福祉や企業倫理などをしっかりと考えて経営に取り組んでいる企業をきちんと評価し、そういう会社で働くことのしあわせを実感しようという「横浜スタンダード型企業認定」。自治を確立して成熟した市民社会を迎えた都市との間では様々な面で結びつきを強めようという「都市間FTA」。横浜の歴史を愛し、新しい文化芸術や最新のコンテンツ産業にも積極的に関心を持つことが「はまっこ」の遺伝子には組み込まれていることを思い出そうという「文化芸術に関する提言」。いまシンクタンクの卵となるべき組織は出来上がりつつあります。そして全国各地の青年会議所の仲間たちの間にも市民が作るマニフェストの動きが出始めています。私たちがともした灯が全国に広がるかもしれない、まさに「一燈照隅 万燈照国」です。

表現力が豊かなリーダーの、情感がこもった演説やパフォーマンスといった個人的な魅力だけでは、350万人の巨大都市を変えることはできません。しかししっかりとしたビジョンと政策を持ち、実現に向けたロードマップを描き示すことが出来て、それを実現させる勇気と情熱を持ち、賛同してくれる仲間の輪を広げることが出来る集団であれば、世の中を必ず変えることが出来ます。「横浜JCマニフェスト」を市民に対して発信した私たちは、本当に実現出来るのかと市民から問いかけられているのであり、責任を負ってしまったのです。いま私たち横浜青年会議所は私たちの胆力を試されているのです。

市民からの期待にしっかり応える、そしていつの日か感謝される。「しあわせ」とはそんなときにお互いに感じる気持ちです。私は今年40歳を迎え、青年会議所を卒業する年齢となりました。これからも社団法人横浜青年会議所は人と人とのつながりを大切にして、どんなときでも「しあわせの選択」を間違うことなく行っていってくれることと信じて2005年度社団法人横浜青年会議所理事長としての最後のメッセージとさせていただきます。一年間一緒に走り続けてくれた仲間たちと、応援してくださったすべての皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。

平成17年12月31日 大晦日
社団法人横浜青年会議所
理事長 黒川 勝

 
黒川勝事務所