卒業式あいさつ
今、このプレジデンシャルリ―スを胸にかけ、卒業生を前に、あらためて社団法人横浜青年会議所の歴史とそれを積み上げてきた人々の重みを感じます。昭和39年辰年生まれの私のひとつ年上の兄貴たち、そして姉貴たちを送り出すにあたって、私の個人的な思い出を少し話させてください。
LOMの事業にはちっとも出てこないのに会議では的確にポイントを突いて議題上程者を苦しめるそんな厳しい兄貴がいました。議題の作りこみはいい加減なのに委員会の仲間たちからは絶大な人気を誇る不思議な兄貴がいました。経済人会議の本番の日に欠席して突然パネリストを私にやらせるとんでもない兄貴がいました。50周年の記念講演がだめになって涙を流しながら議題を説明するそんな熱い兄貴がいました。一緒にバンドを結成してライブをやってくれるそんな楽しい兄貴もいました。良識を主張し、自分の意見を決して曲げない頑固な姉貴もいました。人を愛し、志と絆を大切に組織の危機を体を張って乗り越えていく頼もしい兄貴もいました。全然ダメが口癖の、認めてくれているのかバカにされているのか良くわからない、そんな兄貴もいました。明け方まで飲まされて翌朝の大事な会議に私を欠席させる、そんなひどい兄貴たちもいました。
一人ひとりの思い出を語っていると時間はいくらあっても足りなくなりますが、ここにいる現役のメンバーたちは誰もがそんな愛すべき昭和39年生まれの兄貴や姉貴たちと素敵な時を共有し、それぞれに素晴らしい思い出を持っています。今、振り返ると自分のことは棚に上げても確固たる信念で意見を主張してくる、それでもあとからそっと声をかけてきてくれる、わがままだけど心優しい、そんな兄貴や姉貴たちだったような気がします。
単年度制、40歳での卒業、それは青年会議所の大きな特徴です。不連続の連続という言葉のとおり、私たちは54年の歴史を毎年つむぎ続け、これからも毎年多くのメンバーが入会し、40歳までの時をこの横浜青年会議所という場所で過ごし、そして毎年多くのメンバーが卒業していきます。「散る桜、残る桜も散る桜」という西行法師の言葉のとおりわたしたちもさまざまな場面で桜の花のように輝き、そして必ず散り行くその時を迎えます。
そんな時の流れの中で昭和30年代生まれのJCメンバーがいなくなり、40年代生まれの新しいジェネレーションの時代が始まります。来年は「しあわせの選択」という言葉を持って、わたしたちは人の集うまち横浜が魅力あるまち横浜になるように、経済の豊かなまち横浜が輝きのあるまち横浜となるように、心の豊かなまち横浜が幸せを感じるまち横浜になるように、まちづくり運動を展開していきます。どうかそんなわたしたちを新しい世代への繋ぎ手として良き兄貴として、姉貴としてこれからも見守り続けてください。
昭和39年生まれ、辰年の兄貴たち姉貴たちが今日この横浜青年会議所という道場を卒業していきます。私たちに一生忘れない強烈な思い出を残して新しいフィールドへと旅立っていきます。わがままだけど、心優しい、けっこう心配性の兄貴や姉貴たちです。まだまだお前たちには任せられない、心配で見ていられない、そんな思いもあるかもしれません。それでも時間というものは残酷に過ぎてゆきます。いつまでもこうして話していたいのですが、そろそろ終わりのときが近づいています。
最後に「果てなく続くストーリー」という歌の最後のフレーズをみなさんに贈らせていただきます。
アイムゴーイングマイウェイ 思う道を 心を開き 歩き出そう
果てなく続くストーリー描いた夢は誰にもはかれやしない
ジャストゴーイングマイウェイ 思う道を あなたは ただ進めばいい
果てなく続く夢は 小さな星を回し続けてる きっと
おめでとうございます。ありがとうございました。

